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~日本サッカー協会こころのプロジェクト『夢先生』活動報告~
2009年12月08日公開
みなさん、こんにちは。
今回のコラムは特別編として、佐久間俊行個人の活動について書きたいと思います。
去る11月19日、東京都文京区立窪町小学校において出張授業をしました。
授業は日本サッカー協会のこころのプロジェクト『夢先生』通称、ユメセンの活動の一環です。
ユメセンはサッカー協会と教育現場のいわば、コラボレーション企画で、元プロサッカー選手をはじめ、各界から夢先生(2009年12月現在で350名)が小学校に出向き、児童に夢を持つことの大切さを伝える授業を行なうものです。
私もサッカー協会の考えに賛同してプロジェクトに参加、夢先生の一人になりました。
この日は5年3組の先生です。
授業は体育館で身体を動かすゲームの時間と教室で夢曲線を描くトークの時間の2部構成。
ゲームの時間は空手の道着を着て、技を披露した後、元Jリーガー、井手口純さんのナビゲートの下、児童と一緒に身体を動かし、その後は教室に移動してトークの時間となりました。
空手はもちろん、その前はサッカー、スキーと、私には10年のスポーツ指導歴がありますし、『夢塾』をはじめ、講義や講演をする機会をいただくこともあるので普段通り、緊張せずに臨むことができましたが、感覚として、今回のユメセンは本当に新鮮でどこか特別でした。
学校という場所に足を踏み入れるのが久しぶりだということもあると思いますし、アスリートとして、そして、経営者としての両輪で児童に“夢を持つことの大切さや素晴らしさを伝える”という大切なミッションがあったからだと思います。
道着を着て、空手の技を次々と繰り出すアスリート、指導者としての私。
うって変わって、スーツ姿で夢曲線を描き、これまでの人生とこれからを語る経営者としての私。どちらも私ですが、担う責務は大きく異なります。
しかし、どちらにも共通するのは「夢があるから頑張ることができたし、これからも頑張ることができる」ということです。
私は「10年後に経営者になり、ビジネスの世界へ挑戦する」という夢を描き、今、経営者として研鑽を積んでいます。私の話すことが児童に「単なる成功のストーリー」と映ってしまっては想いは伝わりません。
「先生は特別だから」とか「先生は運がよかったから」と児童が受け取るようでは私が教壇に立つ意味がありません。
夢があれば希望を持つことができるし、集中して努力することができる。
そして、夢が叶えば達成感を味わうこともできます。
もっと深い意味では、自分だけの人生を形作るためには夢が大切です。
学校という同じ環境で過ごしていても一人ひとりの『夢→意識→希望→自分自身への期待→人生のビジョン』によって、見つかるもの、進んでいく道、ひいては人生も大きく変わってくるということを伝えたい。
24歳の時に行ったチェチェン共和国で死と隣り合わせの子どもを目の当たりにして、目の前の子どもたちの夢とは何なのだろうと考えたこと。
何かが欲しいとか、こうなりたいと思い描くことだけが夢なのか—
夢は平和な国の子どもにしか持てないものなのか—
私があの時、リアルに感じたこともしっかり伝えたいと考えました。
では、児童と“本気でつながる”ためにはどう話したらいいのか?
一生懸命考えて私は2つのポイントを見出しました。
ひとつは前回、第4回のコラムの子どもと話す時のポイントで書いた「童心」、つまり、子どもと同じ目線で話すことです。
そして、もうひとつは「素であること」。
子どもは大人の持つ雰囲気に敏感です。ですから、飾ったり、格好つけているとすぐにわかってしまいますし、相手の中に偽りを見ると、心をオープンにしてはくれないでしょう。
だから、私も隠すことなく、うまくいかなかった時の等身大の自分を見せて、児童と向き合いました。そうしなければ、児童も夢を描けないと思ったからです。
5歳の失敗、12歳の失敗、16歳の挫折・・・
人生を天気に例えながら描く私の夢曲線は、最初は雨マーク続きです。
落胆する声や心配そうな表情、そして、やっと晴れマークが出た時に沸き起こる笑い声。
児童の真摯な“聴く姿勢”に私の人生に心を寄せてくれていることを感じ、想いが伝わっていることをひしひしと感じました。
何か新しい息吹を児童の心にもたらしたいと思って臨んだユメセンでしたが、逆に私がたくさんの刺激と気づきをもらいました。
5年3組のみんな、楽しい時間をありがとう。また会いましょう!
石井梅雄校長先生をはじめ、窪町小学校のみなさま、保護者のみなさま、ありがとうございました。
授業を万全の態勢でサポートしてくださったサッカー協会のみなさま、心より厚く御礼申し上げます。

佐久間 俊行
1980年東京都生まれ。一撃グループCEO(最高経営責任者)。武道家。
国際空手道連盟極真会館総本部正指導員。
18歳で極真会館に入門し、日本代表としてチェチェン共和国で行われた試合に出場するなど、競技選手として活躍した後、27歳で引退。
28歳でフィットネスクラブ、カフェなどを展開する一撃グループ最高経営責任者に就任。現在、渋谷・恵比寿を中心にプロアスリート、エグゼクティブ、トップモデルのパーソナルトレーナーとしても活躍中。
独自に考案した効果抜群のトレーニングプログラム『一撃メソッド』は、フィットネスクラブ一撃の大ヒットプログラムとして注目を集める。